高山清司

髙山清司(たかやま きよし、昭和22年9月5日生)は日本のヤクザ。指定暴力団・六代目山口組若頭。二代目弘道会会長。初代髙山組組長。

略歴
愛知県津島市の出身。学生時代は高校球児として活躍していたが、喧嘩沙汰を起こして中退。それ以来無頼の生活をするようになり、山口組直系の弘田組傘下の佐々木組で渡世入りを果たした。その際に後の親分となる司忍と出会った。佐々木組組員の頃に大日本平和会系組長・豊山王植を殺害して懲役4年の実刑判決を受けた。
出所後、菱心会(後の佐々木組)で理事長を務め、組織の発展に尽力した。後に初代弘道会の直参に昇格し、若頭補佐若頭の役に就き、弘道会を4000人軍団にまで勢力増長させるなどの手腕を発揮してきた。
平成17年4月に司忍山口組本家の若頭に就任すると、司は初代弘道会会長の座を髙山に禅譲して二代目弘道会が発足。髙山も山口組直参に昇格した。その後過去に例を見ないほどの早さで出世を続け、平成17年8月に六代目山口組が発足すると、直参昇格からわずか4カ月で山口組若頭に就任した。六代目体制発足から間もなくして司忍は府中刑務所に服役したが、その間の実質的な山口組の最高指導者として組織運営を行ってきた。
2010年に京都の土建業の男からあいさつ料を脅し取ったとして、恐喝罪で逮捕・起訴され、2014年に実刑が確定して府中刑務所で服役中である。

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  • 最終更新:2017-11-17 06:08:44

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