織田絆誠

織田絆誠(おだ よしのり、昭和41年10月23日生、在日 本名:金 禎紀)は日本のヤクザ。任侠山口組代表。

織田、池田絶縁状.png

略歴
大阪の独立組織で渡世入りした後、昭和63年頃に当時四代目山口組直系であった倉本広文率いる初代倉本組に移籍した。同組内に織田興業も旗揚げしている。平成2年に起こった『山波抗争』に参戦し、その際に長期服役を経験した。その際服役先の徳島刑務所で、後の親分となる井上邦雄と出会った。
出所後は倉本組には属さず、三代目山健組系四代目健竜会に加入した。同会の若頭補佐等を経てわずか1年で山健組の直参に昇格した。四代目山健組が発足すると若頭補佐、本部長などを歴任した。平成27年8月に神戸山口組が分裂した際には同組の若頭代行に就任し、マスコミの注目を浴びた。また四代目山健組の副組長に就任した。神戸山口組時代には全国の山健組系列組織を行脚して六代目山口組系組織への示威行動のデモンストレーションを行うなど、精力的に動いた。
しかし平成28年4月30日に、神戸山口組を絶縁され任侠山口組を結成すると、同組の代表に就任した。

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  • 最終更新:2018-05-06 16:23:16

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