瀬戸ノ金之助

瀬戸ノ金之助こと井上清住は、安政二年(一八五五)一月十二日、瀬戸ノ愛吉事井上新兵衛の長男に生まれる。
金之助の身内には四天王の小森守一、岐阜笠原の佐金次事佐藤金次郎安藤義一、建中寺ノ政事平野政五郎がおり、実弟の志貴之助事浅井梅太郎、実弟の二宮事浅井竹次郎、舎弟の片桐新太郎水野丑次郎、妻木ノ常八事小林常八、飛騨高山の松波甚六、若衆の松原繁重、岐阜多治見の関東熊五郎事吉沢熊吉らがいた。
明治三十九年四月金之助が没し遺言により松原繁重が跡目を継ぐ。
小森守一は大井派、吉沢熊吉は多治見派、小林常八は品野派、松波甚六は松波派を其々興す。
明治三十九年四月二十四日歿 行年五十一歳。

  • 最終更新:2015-01-13 14:13:50

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