港会

港会(みなとかい)は、住吉一家三代目総長阿部重作が、
住吉一家を中心に、東京芝浦周辺組織を一同団結した組織である。
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◆住吉一家系譜
初  代 - 伊藤松五郎
二代目 - 倉持直吉
三代目 - 阿部重作
四代目 - 磧上義光
◆港会系譜
初  代 - 阿部重作港会初代 住吉一家三代目総長)
二代目 - 磧上義光港会二代目 住吉一家四代目総長 磧上会会長)

略歴
1958年(昭和33年)、住吉一家三代目総長・阿部重作が、
住吉一家を中心として、関東の博徒・的屋・愚連隊28団体の連合を幸平一家の稲毛十蔵に依頼し、「港会」(みなとかい)を結成。
その会長には幸平一家十代目総長・青田富太郎を据えた。
港会が結成された背景には、ライバル組織の伸張の関わりがある。
太平洋戦争後、構成員1万人以上を抱えるまでに関東圏で勢力を拡大したのが関根組である。
1936年、関根組は江東区や墨田区を拠点として結成された組織であり、
関東圏の土建業に大きな影響力を及ぼしていたヤクザ組織であった。
1949年、関根組の勢力拡大を危惧したGHQの圧力により、
関根組は解散を余儀なくされた。
関根組を立ち上げた関根賢は、
その後ヤクザ社会から引退し、建設会社の経営者になる。
1953年、関根賢の部下であった藤田卯一郎が、
旧関根組の勢力を集めて松葉会を結成した。
戦後の東京においては、在日二世である町井久之をトップとする愚連隊が在日朝鮮人を主なメンバーとして、既存のヤクザ組織と対抗していた。
1957年、町井久之率いる愚連隊は「東声会」という組織名称に変更する。
神奈川県では稲川組(現在の稲川会)が勢力を拡大していた。
日本國粋会港会に集った各々のヤクザ組織には、
松葉会東声会稲川組に対抗する意味合いもあったと考えられる。


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  • 最終更新:2018-05-26 17:56:58

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