平井亀吉

平井ノ亀吉は文政十一年(一八二八)九月七日、現在の宝飯郡小坂井町平井に百姓大林市作の二男として生まれる。
亀吉は二十歳のころ江戸に出て、大相撲の清見潟部屋三代目清見潟又市の弟子となり四股名を「雲風」といった。
嘉永三年(一八五〇)十一月場所、東序の口三十枚目に雲風藤八の名で番付に出る、数場所後に雲風亀吉と改め、嘉永六年二月、東序二段十九枚目に昇進したが休場し廃業し、故郷に帰り博徒になる。
当時売出中の親分、小中山ノ七五三蔵事小川松三郎の乾分となり後に跡目を継ぎ東三河の大親分となる。
兄弟分には黒駒ノ勝蔵岩淵ノ源七間之川一家斉藤平作などがいた。
明治二十六年三月二十四日歿 行年六十五歳。

  • 最終更新:2015-01-12 14:28:27

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