天野角太郎

天野角太郎は明治五年愛知県に生まれ、若い頃からグレて、信州に流れてきた。
諏訪の親分藤森市郎から盃をもらいその若衆となる。
やがて先先代の親分川上龍造の次女に惚れられ嫁にもらうと一気に頭領の座に駆け登っていった。
それと同時に事業の面でも大変な成功を遂げた。大正八年大日本国粋会が結成されるが、当時はまだ加盟していない。
しかし右翼の超大物として知られる頭山満(国粋会相談役)と天野角太郎は親交が深く、頭山満はたびたび信州諏訪に足を運んだという。
頭山満の仲介があったかどうかは定かではないが大日本国粋会に加盟。
天野角太郎は大日本国粋会信越本部長、長野県会長となる。
さらに松本方面と諏訪地区の斉藤一家を一本に束ね天野角太郎信州斉藤一家初代総長となる。
跡目は滝田健が継ぐ。
昭和十九年十月二十三日歿。行年七十一歳

  • 最終更新:2015-10-26 16:44:08

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