倉持直吉

倉持直吉(くらもち なおきち 1877年 明治10年生まれ)
茨城県常総市出身で 、日本の侠客。住吉一家二代目総長。
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略歴
茨城県常総市で「河岸勘」という料亭を経営している家に生まれた。
祖父も父も地元で知られた名博奕打ちであった。
千葉県野田市の中里一家初代堺定吉の盃を受け、渡世入りする。
若き日、倉持は兄貴分の仇討ちの為に人を斬り、警察に追われる身となり、
大前田英五郎の長旅に匹敵するような、12年近く長旅をした。
結局、時効寸前で東京日本橋の天ぷら屋にいたところを逮捕される。
懲役4年半の判決を受け、実質1年半で刑務所を出所している。
倉持は、警察から追われて長旅をしているうちに、
大勢の若衆や兄貴分をつくった。
そんな中に、住吉一家の祖である堀内豊次郎や大口惣八がいる。
この大口惣八の一人娘とらが倉持と結婚をしている。
住吉一家の祖である堀内豊次郎、
その跡目の五十嵐傳次郎は大口惣八を住吉一家の跡目にしようと相談したが、大口は断り伊東松五郎を推薦したので、伊藤松五郎住吉一家初代となった。
大正初め、倉持は老衰のため隠退を決意した伊東松五郎から跡目を譲られた。
倉持は30年間住吉一家二代目を務め、
昭和23年に阿部重作に跡目を譲って隠退し、
昭和29年に享年76歳で亡くなった。

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  • 最終更新:2018-05-26 07:47:32

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