中井勝治郎

油勝事中井勝治郎は文久三年(一八六三)六月五日、中井由松の長男に生まれる。
中井勝治郎は油屋を生業としていたが博奕が好きで腕力が人一倍すぐれていることからいつしか町の若者の間に顔が利き兄貴分と慕われ博徒に変じた。
若い頃の肝強い博徒振りは五機内に知れ渡りひところ(大和のスイチ)という綽名で呼ばれたが生業の油屋が通名となり(油勝)と呼ばれた。
勝治郎の盛んなころは明石屋万吉事小林佐兵衛、淡熊事銅傳佐兵衛、土建の大林組大林芳五郎などと義を結んだ。
明治四十年、勝治郎の娘婿森田嘉三郎に油勝一家の跡目を譲る。
天理教を信仰し免囚保護事業や養老院を創立して若き日の誤失を神に謝罪して余生を送り八十六歳の高齢で数奇な運命の幕を閉じた。
昭和二十三年四月二十日歿 行年八十六歳

  • 最終更新:2014-12-24 11:28:32

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