上坂仙吉

会津ノ小鉄こと上坂仙吉は、天保四年(一八三三)五月二十日、父は元水戸藩浪士・上田友之進、母は大阪島の内の太物商・丹波屋吉兵衛の一人娘ユウの子として大阪島の内に生まれ、十七歳の頃、博徒となり、大垣屋清八の身内となる。文久二年頃、粟田口の名張屋新蔵との聖護院森の大喧嘩は若鶴虎吉の仲裁で和解。慶応元年九月、小鉄は京都木屋町のお茶屋で会津藩蜜事方頭取林武八の配下白石と談合中に倒幕浪士に襲われ白石は死亡、小鉄も数か所斬られ素手で刀を受け止めたため左手の親指、人差し指以外の三本を第一関節を残し失う。小鉄は全身に数十カ所の傷があり背中に小野小町の立ち姿に桜吹雪の刺青があったという。

  • 最終更新:2012-10-23 20:53:49

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